おそらく、「二十四の瞳」を知ったのはテレビドラマが初めて。
1974年11月11日~20日、NHKの少年テレビドラマシリーズで見た記憶ははっきりとある。
と、いうことは自分は9歳、小学校4年生だ。
その後、1976年1月に第二部が放送されており、それも見た記憶があるので、自分にとって「二十四の瞳」は、そのテレビドラマが原風景として自分の中にある。
近年、「タイムトラベラー」や、「なぞの転校生」の映像が復刻され話題になっているNHK少年テレビドラマシリーズ。自分もリアルタイムで見ていて、毎日、夕食前にテレビにかじりついて見ていた印象が残っている(自分のイチオシは「その町を消せ!」、「未来からの挑戦」、この二つが印象深い、あと二十四の瞳も二部まで見ているし、「寒い朝」や海外の輸入フィルムだろうが「アルプスの少女ハイジ」なんてのもあった)。
このドラマが、自分のSF好き(眉村卓、や後の小松左京「日本沈没」への傾倒)を育てたに違いない。
さて、この名作を「中学生の本棚」で手に取ったのは、中学生になってからなのか、もしかしたらその前にも少し読むくらいはしていたかもしれない。
映像から先に入った話なので、小説の方は最後まで読み通していたかどうかは、今回読んでみて初めてわかった。ちゃんと読んでいたのだ。読み始めは、思い出せるのは自転車で通勤する颯爽としたおんな(大石)先生と戸惑う村人たち、1学期を終えるときに怪我をしてそのまま来なくなった先生を子供たちが慕って二里離れた家まで尋ねていくというところまでしか思い出せなかった。
その後の成長した子供たちはドラマでは二部で扱っていたのかもしれない。
残念ながら、NHKテレビドラマの方はマスターテープが存在しないとのことで、もう確認するすべはない、ということか。友人が高峰秀子の映画(1954年)を見ることを勧めてくれた。最近テレビドラマでは、松下奈緒が大石先生役だが、自分のイメージとしてはやはり、NHKのドラマシリーズが原風景だ。
ドラマはともあれ、本文の話。
今回は「時代」というものを強く感じることになった。
戦前~戦後にわたって描かれる12名の生徒と大石先生の人生。どこかで(たぶん、理想の教師像かなんか教育問題を議論している文章だったと思う)、大石先生は何もできず、ただ生徒のために心配したり、泣いてあげることしかできない、そういう先生が昔はいい先生だった(つまり今はそんな先生は無能な先生である)、と書かれた対談を読んだ記憶がある。
何に書かれていたかはもう覚えていないのだが、その時はそういう見方もあるんだと思ったくらい。
確かに、この岬の分校で描かれている大石先生は単なる教師の枠をこえ、生徒の家庭・及びまわりの人々の生活に関わっていく、というより子供たちを受け止めようとするとその親・家族を受け止めざるを得ない、といった消極的なものであり、かかわらざるを得ない環境に追い込まれているようにも見える。
それは、本校で反軍国主義的思想をもつ、ということで問題になった同僚教師の姿と、生徒のためを思っての言動が「アカ」とのレッテルを貼られ、なぜ自分がそうみられるのか自覚のない大石先生の姿との対比で、よりはっきりと見えてくる。
「教師の枠」と書いたが、「枠」って一体何なのか。理想論にすぎるのは承知だが、先生と生徒の関係ってなんなのか。現代の先生と、大石先生の時代の先生と、何が違うのか。
この年になって中学生の息子のPTAとかかわることになって、先生方との交わりの時間や考える時間を通して、改めて二十四の瞳の物語を美談(決してハッピーエンドで終わっているわけではないのだが)とか、理想的だとか、小説の世界、だけで済ましてしまってはいけないと、思う。
短編の二つ~暖かい右の手/坂道~が描く世界は、生命と信仰、職業の貴賤・偏見と単純化してしまえばそういったテーマなのだと自分は捉えたが、作者はいずれも子供の目線から物事を見つめる視点を持っている。そう、「子供」とは単に年齢が幼い、経験の少ない、大人が教え導いてあげなければならないという存在ではなく、「子供」のゆえにシンプルに、素直に見つめる心をもっている存在である、ということを自分たち大人はもっと認め、受け入れ、学び取っていかなければならないのではないか。
マタイによる福音書18章1節~4節:1 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、 3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。 4 この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。
聖書のこの聖句が思い出される。
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