2016年8月31日水曜日

伊豆の踊子・雪国(花のワルツ) ~ 中学生の本棚5(1970年)

三浦友和と山口百恵、といえば自分にとっては「伊豆の踊子」(映画-1974)がすぐに出てくる。当時9歳、小学校4年生。映画を見たわけではない。兄が中学に入り、学研(ここでも学研!お世話になりました)の中一コースをとっており、その付録で映画の記事がでていたのを興味津々で読んでいたのが記憶に残っているのだ。中一コースでも話題のアイドルが映画に、ということで載せていたのだろうが、そのころの中一コースって、学習誌というより田舎の中学生にとっては情報誌みたいな扱いだったのではないだろうか。中三トリオとしてスタートしていたアイドルの中で、山口百恵はすこし大人びた印象だった。

その「伊豆の踊子」。おそらく、中学か高校になってから、このシリーズにあるのを見つけ読もうとしたが、途中で挫折して最後まで読んでない。作者の一高時代の体験をほぼそのまま綴ったものであるというこの短編は、「孤児根性」という主人公のバックグラウンドの理解あるいは共感なしには読めないと思う。相次いで肉親を亡くし、また一高の寮生活を始め、周囲との違和感を感じながら生きてきた作者の背景を理解して初めてわかるものなのだ、と思う。

高校を卒業して就職で一人、川崎(独身寮は横浜・市ヶ尾だった)に出てきた自分は、同郷の友人は周りに一人もおらず、また寮生活は二人部屋だったが、その同室の同期生とはうまが合わずにいた。
その後、職場の同僚や、仲良くなった友人はいたけれど、20歳か、21歳の春、ゴールデンウィークを利用して奈良・京都へ2泊3日(だったと思う)の一人旅をしたことがあった。それは、主人公のような、やむに已まれず飛び出した旅とは違い、さだまさしの歌の世界にあこがれて訪れた古都だったが、孤独な心を抱えての旅であったことも一面にはある。

そういった世界を通過して初めて、この「伊豆の踊子」の世界は共感できるものになっていくのではなかろうか。

それにしても7度も映画化され、さまざまな人が評論を書いている名作であり、自然描写、主人公の心の動き、踊子をはじめとした旅芸人のさまも実に繊細に描かれている、このあたりがノーベル賞受賞作家たるゆえんなのかな、と思う。

「花のワルツ」や「雪国」に至っては、その情景描写がより繊細で、芸術的なタッチで伝わってくるが、主人公とまわりの人々との人間関係の素朴さは消え、美と愛情、嫉妬など愛憎模様で描かれていくため、リアリズムとしては文学的な価値はあるかもしれないが、理解・共感するのは人によって分かれるだろう。

今、自分が旅をするとしたら、何のためにするのだろう?

旅をしたくなってきた。

2016年8月14日日曜日

二十四の瞳 あたたかい右の手/坂道 ~ 中学生の本棚4(1970年)

おそらく、「二十四の瞳」を知ったのはテレビドラマが初めて。
1974年11月11日~20日、NHKの少年テレビドラマシリーズで見た記憶ははっきりとある。
と、いうことは自分は9歳、小学校4年生だ。
その後、1976年1月に第二部が放送されており、それも見た記憶があるので、自分にとって「二十四の瞳」は、そのテレビドラマが原風景として自分の中にある。

近年、「タイムトラベラー」や、「なぞの転校生」の映像が復刻され話題になっているNHK少年テレビドラマシリーズ。自分もリアルタイムで見ていて、毎日、夕食前にテレビにかじりついて見ていた印象が残っている(自分のイチオシは「その町を消せ!」、「未来からの挑戦」、この二つが印象深い、あと二十四の瞳も二部まで見ているし、「寒い朝」や海外の輸入フィルムだろうが「アルプスの少女ハイジ」なんてのもあった)。
このドラマが、自分のSF好き(眉村卓、や後の小松左京「日本沈没」への傾倒)を育てたに違いない。

さて、この名作を「中学生の本棚」で手に取ったのは、中学生になってからなのか、もしかしたらその前にも少し読むくらいはしていたかもしれない。

映像から先に入った話なので、小説の方は最後まで読み通していたかどうかは、今回読んでみて初めてわかった。ちゃんと読んでいたのだ。読み始めは、思い出せるのは自転車で通勤する颯爽としたおんな(大石)先生と戸惑う村人たち、1学期を終えるときに怪我をしてそのまま来なくなった先生を子供たちが慕って二里離れた家まで尋ねていくというところまでしか思い出せなかった。
その後の成長した子供たちはドラマでは二部で扱っていたのかもしれない。

残念ながら、NHKテレビドラマの方はマスターテープが存在しないとのことで、もう確認するすべはない、ということか。友人が高峰秀子の映画(1954年)を見ることを勧めてくれた。最近テレビドラマでは、松下奈緒が大石先生役だが、自分のイメージとしてはやはり、NHKのドラマシリーズが原風景だ。

ドラマはともあれ、本文の話。

今回は「時代」というものを強く感じることになった。

戦前~戦後にわたって描かれる12名の生徒と大石先生の人生。どこかで(たぶん、理想の教師像かなんか教育問題を議論している文章だったと思う)、大石先生は何もできず、ただ生徒のために心配したり、泣いてあげることしかできない、そういう先生が昔はいい先生だった(つまり今はそんな先生は無能な先生である)、と書かれた対談を読んだ記憶がある。
何に書かれていたかはもう覚えていないのだが、その時はそういう見方もあるんだと思ったくらい。

確かに、この岬の分校で描かれている大石先生は単なる教師の枠をこえ、生徒の家庭・及びまわりの人々の生活に関わっていく、というより子供たちを受け止めようとするとその親・家族を受け止めざるを得ない、といった消極的なものであり、かかわらざるを得ない環境に追い込まれているようにも見える。

それは、本校で反軍国主義的思想をもつ、ということで問題になった同僚教師の姿と、生徒のためを思っての言動が「アカ」とのレッテルを貼られ、なぜ自分がそうみられるのか自覚のない大石先生の姿との対比で、よりはっきりと見えてくる。

「教師の枠」と書いたが、「枠」って一体何なのか。理想論にすぎるのは承知だが、先生と生徒の関係ってなんなのか。現代の先生と、大石先生の時代の先生と、何が違うのか。

この年になって中学生の息子のPTAとかかわることになって、先生方との交わりの時間や考える時間を通して、改めて二十四の瞳の物語を美談(決してハッピーエンドで終わっているわけではないのだが)とか、理想的だとか、小説の世界、だけで済ましてしまってはいけないと、思う。


短編の二つ~暖かい右の手/坂道~が描く世界は、生命と信仰、職業の貴賤・偏見と単純化してしまえばそういったテーマなのだと自分は捉えたが、作者はいずれも子供の目線から物事を見つめる視点を持っている。そう、「子供」とは単に年齢が幼い、経験の少ない、大人が教え導いてあげなければならないという存在ではなく、「子供」のゆえにシンプルに、素直に見つめる心をもっている存在である、ということを自分たち大人はもっと認め、受け入れ、学び取っていかなければならないのではないか。

マタイによる福音書18章1節~4節:1 そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。2 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、 3 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。 4 この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。

聖書のこの聖句が思い出される。

2016年8月10日水曜日

武者小路実篤 ~ 友情・桃源にて/愛と死 ~ 中学生の本棚3(1970年)

おそらく、初めて読む。

中学・高校の時に何ページかはめくったかもしれないが、読み通していないのは確実。

「武者小路実篤」~名前はおそらくこの本で知った。巻末の写真の謹厳なおじさん(失礼)といった雰囲気の映像は、その時に焼きついたもの。その後、野菜を描き、揮毫の書かれた色紙を見たような気がするが、それもこの本の巻末に載せてあるものだったのかもしれない。
野菜の色紙を揮毫する文筆家、といったイメージだったが、調べてみれば理想郷を目指して戦前(大正時代)に「新しき村」を興した、とある。へぇ~、そんな一面もあったんだ、と発見。

「白樺派」を代表する作家であり、志賀直哉・柳宗悦といった芸術家との交流があることは今回、Wikipediaで始めて知った。理想主義的・空想社会主義的行動との表現が載っているが、今の自分にはそのレッテル貼りがどれだけのものかはわからない。現代にとっての作者の評価はどのようなものなのだろう?

「友情」は友人の妹に恋した主人公を、理解し応援してくれているはずの別の友人にその恋する女性を奪われてしまう話。そしてその友人の裏切りは書簡を公開する(雑誌に掲載)という形で主人公に告げられる。一見残酷なしうちだが、それは友人として、文学者としての良心であり、主人公はそこで裏切られた形の無二の友人に対し、仕事上で競い合おうと、文学の道を行くことを改めて決意する。それを「友情」、と作者は表現したかったのではなかろうか。

主人公が女性に恋していくさまや、最後は一方的な手紙を送りつけるようになり、途中のさまざまな心の揺れ動き、そして恋敵(と思い込んでしまう)に対する敵対心やうまくいかないとこには友人の理解をしきりに求めるところなど、今でいえばストーカーに近いのではないかと思ってしまうほど、主人公の心の動きがつづられていて、正直言って食傷気味。
若い感性ならばこのような恋愛感情には共感もできるところもあると思うが、今の自分はちょっと遠ざけたい感じ。こんなことを書くのも自分がすでに「おじさん」なのだろう。

「桃源にて」は戯曲として書かれていて、まだ客観的に読める気がする。

「愛と死」は二人の愛が突如、女性の死によって断ち切られてしまう悲劇。その間の手紙のやりとりは、いまどきの「ラブレター」や、メールでのやり取りとは比較にならない愛の言葉でちりばめられたもの。こちらも読んでてちょっと、という感じになるが、主人公が「21年前の話」として語っているので突き放して見れる分、すこし冷静に見ることができる。
悲劇の後の主人公が新しい恋をしたのか、結婚したのか、家族はできたのか、何にも書いていない分、21年後の「自分」がどうなっているか、そこは読む方がそれぞれの受け止め方でいいんだろうなあ。

結構挌闘して読んだ、といった読後感であった。